2020年01月09日
チャネリングレポート142-6 NO.2
チャネリングレポート142-6 NO.2
(Sさん) あ~そういう風な図式ですね。ハイハイ。
(神) ‟待つ”と言う事は、‟信じて居る”と言う事。
‟信じる”と言う事は、‟離れる”と言う事。
離れているが、一つになれると言う事。
全てが創造であるが故の、行いなんじゃ。
(Sさん) なるほど
(神) つまり、創造は向こうに在るのではなくて、今、己の方に引き寄せようとしている・・・
一つの行動の、コレは一端なんじゃな。
よいか?
自分が創造に近づくんではなくて、創造を自分の中に呼び込むのじゃ、
逆なんじゃ・・・逆も又真なり。
(Sさん) はい、何となく判ります。
(神) よいか?どっちもどっちじゃと言う事、行く方もあり、来させるのもあり、どっちもあり・・・
の~
信じると言う事の一つの糸口を掴み始めたようじゃから、あとは、さあ、
どこまでソレを血となり肉とするのか、己の中で消化吸収して、
全て栄養として、次に又向かいなされよ。
(Sさん) はい
(神) よ~ここまで来たの~~、うん、頭なぜなぜじゃの。
(Sさん) 有難うございます。ちょっと一言ね・・・
そういう風に、引き寄せるとか、向こうが来るとか、こちらが行くとか、
そういう言葉を・・・適当に言葉がないからそう言う表現をして下さったと思いますけれども・・・
(神) うん、そうじゃよ。
(Sさん) いわゆる、人間がソレを意識して・・・自分の中で、意識的にそんな意識を、
常に働かせていると言う事はありませんね。
(神) う~~無意識と言うか・・・
(Sさん) 何か自然に、時期的なもので、ソレは培われていく・・・
(神) そう、ある日突然に、ソレが意識された時に、初めて気が付くという状態かの~~?
(Sさん) そうです、そうです、ですからその間、自分が意識して
そういう働きかけも何もしていないと言う思いがあって・・・
ですから、これはちょっと、自分では不本意なんですけれども、
いつも いつも、育てられていると言う考え方が強いんですよ。
続く

町内 サンテパルク近く 菜の花畑
(Sさん) あ~そういう風な図式ですね。ハイハイ。
(神) ‟待つ”と言う事は、‟信じて居る”と言う事。
‟信じる”と言う事は、‟離れる”と言う事。
離れているが、一つになれると言う事。
全てが創造であるが故の、行いなんじゃ。
(Sさん) なるほど
(神) つまり、創造は向こうに在るのではなくて、今、己の方に引き寄せようとしている・・・
一つの行動の、コレは一端なんじゃな。
よいか?
自分が創造に近づくんではなくて、創造を自分の中に呼び込むのじゃ、
逆なんじゃ・・・逆も又真なり。
(Sさん) はい、何となく判ります。
(神) よいか?どっちもどっちじゃと言う事、行く方もあり、来させるのもあり、どっちもあり・・・
の~
信じると言う事の一つの糸口を掴み始めたようじゃから、あとは、さあ、
どこまでソレを血となり肉とするのか、己の中で消化吸収して、
全て栄養として、次に又向かいなされよ。
(Sさん) はい
(神) よ~ここまで来たの~~、うん、頭なぜなぜじゃの。
(Sさん) 有難うございます。ちょっと一言ね・・・
そういう風に、引き寄せるとか、向こうが来るとか、こちらが行くとか、
そういう言葉を・・・適当に言葉がないからそう言う表現をして下さったと思いますけれども・・・
(神) うん、そうじゃよ。
(Sさん) いわゆる、人間がソレを意識して・・・自分の中で、意識的にそんな意識を、
常に働かせていると言う事はありませんね。
(神) う~~無意識と言うか・・・
(Sさん) 何か自然に、時期的なもので、ソレは培われていく・・・
(神) そう、ある日突然に、ソレが意識された時に、初めて気が付くという状態かの~~?
(Sさん) そうです、そうです、ですからその間、自分が意識して
そういう働きかけも何もしていないと言う思いがあって・・・
ですから、これはちょっと、自分では不本意なんですけれども、
いつも いつも、育てられていると言う考え方が強いんですよ。
続く
町内 サンテパルク近く 菜の花畑
Posted by たんぼ at 07:00
│FUJI日本
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