2023年12月07日
福江湾周辺地名 渥美町歴史 NO.26
福江湾周辺地名
向山町 伊川津町伊井新田
開かれて居なかった頃の福江湾周辺地名
「福江」の地名は明治22年「福江村」が
出来て以降なので、新しい呼称である。
享保14年( 1729)
秋葉大権現之記に
「井河津、石神、高木、小田、畠村
南に祥の高山あり、
北に大江を抱く、江と海の間に洲諸(シュウショ)あり。
中央に石あり、濡石と言う・・・」
続いて次のように記述。
「濡石」を俗に「黒目石」と言い、
石の辺に入江への口がある。
石の東を「貝の浜」
西を御浜(オンボウ)と言い、
真ん中の洲を鳥洲と言った。
元和7年(1621)
8月14日の風波で
御浜と鳥洲の間が切れ、
この後、鳥洲を浜中と言った。
東の貝の浜の入口を「元江口」もとえくち
西のきれた入口を「今切口」と言った。
畠村の西北の入江を
隔てて平林があり、向山と言い、
向山は、松渕砦を根として、
西は中山村と境界をなしている。
畠村陣屋の坂上より
北方海岸へ、鼻へ出るところを
「下処」と言い、ここから真東に
「飛馬嶋ヒメシマ」を望む事が出来る。
などが書かれている。
関連ウエブサイト
三河 畠村陣屋
https://www.hb.pei.jp/shiro/mikawa/hatakemura-jinya/
関連マップ畠村陣屋跡
グーグルマップ
Posted by たんぼ at 11:00
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